「人類と社会を悩むマンガ」とは? HITE-Media×これも学習マンガだ! トークイベントレポート

SF社会考察

2021.01.14

新しい世界を発見し、学びにつながるマンガを紹介する「これも学習マンガだ!」プロジェクトとHITE-Mediaのコラボイベントが開催。HITE-Mediaが「人類と社会を悩む20選」をテーマにマンガ作品を選出したことを記念し、トキワ荘マンガミュージアムの会場から、科学・情報技術の未来を考えるためのマンガの可能性を語るトークイベントを開催した。

日本財団主催のもと、2015年からスタートしたプロジェクト「これも学習マンガだ!」(2020年度からは一般社団法人マンガナイト主催)は、新たな学びにつながるマンガを様々な識者のもとに選出・発表し、マンガ持つ「楽しさ」「分かりやすさ」「共感力」を通じて、楽しみながら学ぶことを推進している。

今回HITE-Mediaでは、情報技術などが発達する未来の社会を人文社会の視点から考えるという視点のもと、「人類と社会を悩む20選」と題してマンガ作品を選出した。

今回は、「各々の専門分野から語る『学習マンガ』とマンガの持つ力」をテーマにトークイベントを開催。配信会場は、手塚治虫、藤子不二雄ら日本を代表するマンガ家が若き日を過ごした伝説のアパート・トキワ荘を再現した豊島区トキワ荘マンガミュージアムだ。

トークイベント本編

〈参加メンバー〉

  • 庄司昌彦(武蔵大学社会学部 教授)
  • 高瀬堅吉(自治医科大学医学部 教授)
  • 塚田有那(一般社団法人Whole Universe 代表理事)
  • 進行:山内康裕(一般社団法人マンガナイト代表理事)

専門分野から選ぶ学習マンガ5選

自身の選出作品を手にする高瀨(左)と塚田(右)
左/高瀬堅吉(自治医科大学医学部 教授) 右/塚田有那(一般社団法人Whole Universe 代表理事)

庄司昌彦(武蔵大学社会学部 教授)の5選

・『もやしもん』 石川雅之
・『はじめアルゴリズム』 三原和人
・『ブラックジャックによろしく』 佐藤秀峰
・『銀河の死なない子供たちへ』 施川ユウキ
・『アイとアイザワ』 かっぴー/うめ(小沢高広/妹尾朝子)

情報社会学者の庄司昌彦は、登場人物が何百年経っても死ぬことができないという不思議な世界が描かれる『銀河の死なない子供たちへ』を強く推薦。誰もが幼い頃、一度は考えたであろう無限の時間について、思いを馳せられると語る。

続いて、AIに恋してしまう女子高生の戦いを描く『アイとアイザワ』は、庄司自身が完全版単行本の制作にあたって実施されたクラウドファンディングに参加するほど読みたいと思った作品だという。こちらは人工知能と人の情報処理能力について専門知識がふんだんに盛り込まれており、スピード感のあるストーリーに息を呑む素晴らしさがあると評価した。

髙瀨堅吉(自治医科大学医学部 教授)の5選

・『はじめアルゴリズム』 三原和人
・『アンドロイドタイプワン』 YASHIMA
・『LIMBO THE KING』 田中相
・『ブルーピリオド』 山口つばさ
・『火の鳥』 手塚治虫

心理学者の高瀬は、サイエンスの世界の扉をひらく名作として、数学に没頭する少年たちを描いた『はじめアルゴリズム』を推薦。自然の理を数学で記述していく主人公が、どんな世界を見出すのかを体験できると同時に、研究者の人生についてもよく描かれていると太鼓判を押す。

次に挙げた『LIMBO THE KING』は、「眠り病」という病の患者救出のため、海兵軍の主人公が奮闘するというストーリー。高瀬は、コロナ禍の今だからこそこの作品を選んだという。新型コロナウイルスの流行がどこか遠くで起こっているように感じてしまう感覚と、本作に登場する「眠り病」はどこかリンクするものがあるという。その一方で日々逼迫する医療など、現在とリンクしている出来事を客体化して見られるのではないかと語った。

塚田有那(一般社団法人Whole Universe 代表理事)の5選

・『ミステリと言う勿れ』 田村由美
・『イムリ』 三宅乱丈
・『大奥』 よしながふみ
・『イティハーサ』 水樹和佳子
・『違国日記』 ヤマシタトモコ

編集者・キュレーターの塚田有那は、5作品すべてを女性作家のマンガから選出。

まず紹介した『ミステリと言う勿れ』は、人々が無意識に感じてしまう身近な思い込みや偏見を、主人公が鮮やかに解き明かしていくミステリー作品。ソーシャルメディア上での対立構造が生まれやすい昨今において、ただ対立的に否定するだけではないオルタナティブな発想の視点を与えてくれると語る。

続いて、両親を亡くした少女とその叔母の2人暮らしを描く『違国日記』も、同じく多様性の受容という主題を哲学的に切り込む作品だと絶賛。どれだけ共に暮らしていても、たとえ家族や恋人であっても、異なる人間同士である以上、互いにわかり合えないことがある。そのテーマを前提とした主人公たちの感情の機微や会話の表現は、純文学のような深い示唆に富んでいる。

マンガの持つ力とは?

それぞれが推薦マンガを熱く語った後は、マンガの持つ可能性について広く議論が交わされた。

他者に憑依し世界を体験できる

まず、HITE-Mediaが選出した「人類と社会を悩む20」の作品について振り返る。HITEプロジェクトでは、発展を続ける情報技術が、どのように社会になじんでいくのかという点において、様々な分野の研究者が集って議論を重ねているが、選出された作品にも多様な方向性が見られた。会場に並べられたマンガを総覧し、各々の印象を語った。

<人類と社会を悩む20選>

・『AIの遺電子』 山田胡瓜
・『アドルフに告ぐ』 手塚治虫
・『アルテ』 大久保圭
・『暗黒神話』 諸星大二郎
・『違国日記』 ヤマシタトモコ
・『イティハーサ』 和佳子
・『イムリ』 三宅乱丈
・『大奥』 よしながふみ
・『風の谷のナウシカ』 宮崎駿
・『寄生獣』 岩明均
・『銀河の死なない子供たちへ』 施川ユウキ
・『チェーザレ 破壊の創造者』 惣領冬実
・『透明なゆりかご』 沖田×華
・『はじめアルゴリズム』 三原和人
・『ミステリと言う勿れ』 田村由美
・『ブラックジャックによろしく』 佐藤秀峰
・『プラネテス』 幸村誠
・『へうげもの』 山田芳裕
・『宗像教授伝奇考』 星野之宣
・『もやしもん』 石川雅之

「一概に『学習マンガ』といっても、社会を見方をがらっと変えてしまうものから、歴史を学べるものなど様々な種類がありますよね。私自身、マンガから数々のことを学んできました。その学びは、ただ知識が身に付くというだけではなく、様々なタイプの人間のドラマに感情移入し、自分ごととしてそれぞれの世界を体験できたことです」(塚田)

「今回の20選は、時代を映す鏡になっていると思います。例えば、『風の谷のナウシカ』のマスクをしないと生きられない世界観は、まさしく今のコロナ禍に通じるものがありますよね。アドルフ・ヒトラーとナチスの歴史をテーマとした『アドルフに告ぐ』(手塚治虫)では、元々親友だったユダヤ人のアドルフと後のナチスに入隊するドイツ人のアドルフが、いかに人種と思想の分断によって関係がねじれていくかが描かれますが、「分断社会」と言われる現代の世界につながるものがあると感じます。また、庄司さんも推薦されていた『銀河の死なない子供たちへ』は、超高齢化の現代に読むと、死についての問いを改めて提示させられるようです」(髙瀨)

客体化されて気付くことがある

続けて、高瀨は自身が推薦した『LIMBO THE KING』の感染病に犯される世界のように、マンガによって現実世界にも起こりうる事象を客観的に俯瞰することが学びに繋がるのではと話す。

「物語の主題だけでなく、登場人物たちがそれぞれ、互いにどう関わっていくのかという視点から読んでも学びがあります。例えば、美大進学を目指す主人公の物語『ブルーピリオド』では、美大予備校の先生の言葉の選び方一つひとつがとても秀逸だったり、『アンドロイドタイプワン』で主人公がアンドロイドに接する様子はまるで人間同士のようで、人を人たらしめるのはその人がどのように周囲に接せられたかにあると気付かされました」(髙瀨)

これを受けて塚田は、マンガには現代人の心を救う、新たな道筋を示す可能性があるのではと語る。

「インターネット空間で生まれている対立の大きな溝を見ていると、現代の人々は常に遠い国よりも今目の前で起きていることを求めているように感じます。他人と分かり合えないことへの不安に対して、“あなたは必ずしもこうあらなくてもいい” “どう生きてもいいよ”と背中を押してくれるような存在として、『ミステリと言う勿れ』や『違国日記』のような多様性を認めてくれるマンガがあるのではないでしょうか」(塚田)

多様性への理解をもう一歩先へ進めてくれる

今回のマンガ20選は現代社会を映す鏡のようだという髙瀨の言葉のに対して、塚田は女性向けマンガ雑誌の変遷からも、社会の世相を読み解くことができるという。

「女性向けマンガ雑誌『FEEL YOUNG』で連載された歴代作品を見ていくと、マンガが当時の女性たちにどんなメッセージを与えたてきたかがよくわかります。雑誌編集者への面白いインタビューがあって、それを読むと1995年に連載開始した『ハッピーマニア』(安野モヨコ)は性や恋愛の解放を、2003年開始の『サプリ』(おかざき真里)は男性中心の大企業で働く女性のリアルな姿を描くといった具合に、時代の節目となるエポックな作品が雑誌の看板になっていったそうです。しかし最近になって『違国日記』が登場し、「女性の生き方」という枠組みを超えて、雑誌のコピーが「あなたの心はどこまでも自由」と変わったそうです。このテーマの進化は大変興味深いです」(塚田)

ジェンダーなどでカテゴライズされてきた枠組みのもう一歩先を描く現代のマンガに、髙瀨らも印象を語る。

「男らしさ・女らしさのようなレッテルを貼るのではなく、その間にはグラデーションがあるはずで、そこに輪郭を与えている感じですよね」(髙瀨)

「『風の谷のナウシカ』や『寄生獣』(岩明均)のように、敵と捉えていたものが実は仲間であるというような、共存すべき種の範囲を広げる世界のありようを示す作品もありますね」(山内)

マンガは人の人生に刻まれていく重厚なメディア

時代に伴って変化する作品のテーマについて語られた後は、マンガというメディア形態そのものの特徴や将来について話題が移った。

「マンガの『読む』という体験に対して、アニメは『観る』という体験。『読む』が自分ごととして捉えられるものだとすれば、『観る』のは相対する感覚だと思う。前者は自分のペースで読めるし、後者は内容が入ってきやすい、というようにどちらにも良さがあるので、同じ作品でも複数の媒体から体験してみるとより面白さが広がると思っています」(山内)

山内のメディアによる体験の違いへの言及に、塚田・高瀨もマンガの独自性について語った。

「マンガの実写化、アニメ化で『イメージと違う!』といった賛否が沸き起こるように、マンガは読む人によって登場人物の声のイメージなど、それぞれの世界観が生まれていきますよね。そこにマンガの文学性があり、誰かに語られてしまうと自分の話にならない。作品中のふとした一行の言葉が日常に巡り続けるという体験がマンガならではだと思います」(塚田)

「マンガは、表現方法が多岐に渡る重厚なメディアだと思います。『シティハンター』(北条司)のセリフが無く、コマのみで魅せる最終回も印象的です」(高瀨)

教育におけるマンガの可能性

左/山内康裕(一般社団法人マンガナイト代表理事)

マンガというメディアにしかない表現方法を受けて、次は子どもの教育とマンガの相性について考えられた。まず山内は、マンガを暇つぶしの娯楽とだけ認識しないでほしいと話す。

「現在「学べるマンガ総選挙」を行っていますが、現時点で『Dr.STONE』(稲垣理一郎/Boichi)がダントツの得票数(最終結果は『せんせいのお人形』藤のよう)が1位を受賞)。「マンガは暇つぶし」と思うくらいなら、親御さんにはお子さんが新しい知見を発見できるような楽しいマンガを読ませてみてほしいです」(山内)

既に大学の講義などにマンガが用いられているケースもある。その例がいくつか話題に挙がった。

「自身がゲイであることが周りに知られてしまうことにストレスを感じた主人公の少年の物語『しまなみ誰そ彼』(鎌谷悠希)は、『これも学習マンガだ!』推薦者の藤本由香里さん(明治大学 国際日本学部教授)が授業で紹介したところ、「教室が水を打ったように静かになる」というコメントが興味深かったです。敵意のない善意がかえって無神経になり相手を傷つけるという、他者との関係の難しさを気付かせるのにとても良い教材になると思います」(塚田)

「解剖学の講義に格闘マンガの『バキ』(板垣恵介)を使うという話も知人から聞きました(笑)」(高瀨)

山内は今後自分で『描く』という体験の可能性もあると語る。

「読書感想文に限らず、マンガを描くという体験をさせても良いと思います。マンガを描くという行為は、基本的には自分以外のキャラクターを作らなければならないのが子供の考え方に効いてくるのではないでしょうか」(山内)

終わりに

今回のトークイベントで話題に挙がった作品以外にも、「これも学習マンガだ!」に選出された作品は公式webサイトにて紹介されている。それぞれの作品は「生命と歴史」「科学・学習」「多様性」など、全11ジャンルに振り分けられているので、興味のあるジャンルから探すことができる。新しいマンガ体験のきっかけに、ぜひ活用してほしい。

「現代はマンガアプリなど、古い作品にもう一度出会い直せるプラットフォームが充実しています。マンガという枠組みの中で独自の文学性をつくってきた人たちの系譜が脈々と紡がれているので、若い方にはぜひ古い作品も読んでみてほしいです」(塚田)

「今年の「これも学習マンガだ!」の選定の指針としては、若者が新しい環境に出て行った時や、つまづいてしまった時などに背中を押してくれるようにという思いを込めました。ぜひ公式webサイトから私たちの選書をご覧ください」(山内)

TEXT by NANAMI SUDO
EDIT by ARINA TSUKADA
PHOTO by ASATO SAKAMOTO

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