マンガ家、研究者、編集者がタッグを組み未来のマンガを生み出す1ヶ月。『マンガミライハッカソン』レポート

プロジェクト

2020.02.14

2019年10月〜11月にかけて開催された『マンガミライハッカソン』。文化庁東アジア文化都市のプロジェクト「国際マンガ・アニメ祭 Reiwa Toshima(以下IMART)」の一環として、HITE-Mediaが共催として参加しました。新たな「未来の描き方」を試行錯誤しながら短編マンガ作品を約1ヶ月で制作し、11月15日〜17日のIMART会期中に成果発表と授賞式が行われました。

マンガ家、脚本家、イラストレーター、編集者、プロデューサー、エンジニア、科学者、人文系研究者、アーティスト、役者から学生まで、多様な背景を持つ人々が取り組んだのは、「新たな人間性・未来社会・未来都市」をテーマとするマンガ制作。36名の参加者による化学変化は、一体どんなグルーヴと作品を生み出したのか? 本レポートでは、ハッカソンのフローを追いかけながら、イベントの様子をお届けします。

ストーリーのタネを見つけるDAY1

10月10日(木)に行われたDAY1のミッションは、インプットトークとユニット結成。2時間という短時間にも関わらず、ぎゅっと詰め込まれたプログラムに参加者は濃密な時間を過ごした様子。

インプットトークでは、制作テーマ「新たな人間性・未来社会・未来都市」のヒントを探るべく、デジタルハリウッド大学大学院教授 荻野健一さん、株式会社スクウェア・エニックス テクノロジー推進室 リードAIリサーチャー 三宅陽一郎さん、武蔵大学社会学部教授、HITE-Media 庄司昌彦さんの3名からプレゼンテーションが行われました。

ここでのトーク内容は、別記事 レポート(2) にてダイジェスト版をお届け予定です。

刺激的なトークの数々、そのインスピレーションをアイデアに昇華しやすいよう、マンガミライハッカソンではHITE-Mediaメンバーでありグラフィックレコーダーの清水淳子さんによるグラフィックレコーディングを同時に展開しました。

グラフィックレコーディングを見ながら自分の取り組んでみたいテーマ、興味のある分野をのヒントを探ります。テーマが決まったら、この日は職能ごとに「A. 編集者/社会人チーム」「B. 作家/研究者チーム」「C. イラストレーター/漫画家チーム」の3グループに分かれ、中から2人1組のユニットを編成しました。最終的には、A、B、Cのユニットが合体し、6人1組の制作チームが結成されます。

とはいえ9日後に控えたDAY2は、最終的なチーム結成からマンガのテーマ設定がゴール。そこで、この日結成した2人1組のユニットには、それぞれが描きたいテーマの初案をシートにまとめる宿題が課されました。

チーム結成、作品のテーマを詰めるDAY2

10月19日(土)に開催されたDAY2へ。この日はまた違った切り口でのインプットトークとディスカッション、さらには最終的なチーム編成からのマンガのアイデア制作、参加者懇親会まで盛りだくさんの1日となりました。

まず、各ユニットで宿題だったテーマ案が壁一面に張り出され、それぞれプレゼンが行われました。中にはプレゼン中に、他ユニットを指名するシーンも。情報テクノロジーと社会や人間といったHITE-Mediaの探求するテーマのインプットを受けてか、AIによる監視社会、人間と機械の関係性、SFおとぎばなし、また意外なところで未来の飯テロなどといったテーマが並びました。


各ユニットのアイデアがずらり。テーマや関心が近そうな3ユニットが集まり、チームを組んでいく

マンガ制作チームが決まったら、DAY2のインプットトークへ。アーティスト/デザイナー/東京大学 特任研究員 長谷川愛さん、デジタルハリウッド大学教授 福岡俊弘さん、株式会社ホオバル取締役、株式会社Holoeyes取締役兼CSO 新城健一さんからそれぞれ興味深いトークが続きます。こちらも詳しくは別記事にて。

多種多様な専門分野のプロフェッショナルからまた新しい視点を授かりながら、ハッカソンはいよいよマンガ制作のアイデア構築へとコマを進めます。チームでがっつり話し合い、どんなテーマで、どんなキャラクターで、どんなストーリー展開にするのか? そこにはどんな未来像が更新できるだろうか? 普段接することのないマンガ家や研究者たちとのセッションは、「マンガ作り」という共通項で結託し、どのチームも白熱したディスカッションを繰り広げていました。

最終日となるDAY3までちょうど3週間。この間に、短編マンガをチームで作り上げて発表となります。「マンガを作る」と一言で言っても、ストーリーとキャラクター編成、プロット(構成)をネームに落とし込み、作画まで様々な段階を要します。3週間というスケジュールのタイトさをどのチームも認識している様子。最終日までの期間の動き方は各チームごと自由となるため、即興のチームで「新たな人間性・未来社会・未来都市」という全体の議題に対してどんなマンガにするのか、進め方や役割分担も含めて話し合います。

作品発表の最終日、DAY3

とうとう迎えた最終日11月9日(土)、DAY3は各チーム最後の詰めを行い、午後からのプレゼンに臨みます。6チームの個性あふれるマンガを、さまざまな視点から審査するメンバーは以下の通り。

審査員

山内康裕(東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門ディレクター)

庄司昌彦(武蔵大学社会学部 教授/HITE-Media)

塚田有那(編集者・キュレーター/HITE-Media)

田崎佑樹(一般社団法人Whole Universe 理事/HITE-Media)

荻野健一(デジタルハリウッド大学院教授)

福岡俊弘(デジタルハリウッド大学教授)

菊池健(IMART カンファレンス スペシャル・アドバイザー)

ゲスト審査員

太田垣康男(漫画家 代表作『MOONLIGHT MILE』、『機動戦士ガンダム サンダーボルト』など)

小沢高広(うめ)(漫画家 代表作『東京トイボックス』シリーズ、『STEVES』など)

今回制作したマンガは、縦スクWebマンガをメインとしたマンガ家支援コミュニティ『コミチ』にてアップロードされています。どなたでも閲覧可能ですので、ぜひ以下よりお楽しみください。

東アジア文化都市2019豊島 連動企画「マンガミライハッカソン」|コミチ

1. MIRAInoAi製作委員会

タイトル「MIRAInoAI」

一人ひとり「自分専用のAI」を持ち、人間がほぼすべての行動を人工知能に任せる時代に、人間が存在する意味とは?

2. チームC(2作品制作)

タイトル「Easter egg」

すべてが管理された完璧な世界で、AIに合わせて行動する人間の幸せとは?

タイトル「リリーの思い出」

人はロボットを、ロボットはデータを頼りにすることが当然となった時代に、登場人物たちは何に頼るのか。平穏な世界の代償はコミュニケーションではないのか。

3. Aチーム

タイトル「Here comes the sun」

すべてが監視された世界に対して、反抗する少女。しかしその実態は……

4. スマート・ゾンビ

タイトル「インターマインド・プロトコル」

借り物の人格を自分にインストールする「AI人格レンタル」が可能になった世界の日常とは?

5. マイクローブ

タイトル「ナノスピリッツ」

20XX年、微生物がインフラになった世界で、「微生物バトル」で戦う子どもたちの物語

6. MMH_F

タイトル「Her Tasters」

味覚すらも共有される近未来。ずっと母親の呪縛から抜け出せない思春期のゆうくんは、初めての彼女の家で誕生日の夜を過ごすことに…。テックと愛が交錯する近未来ラブコメ

出張先のアフリカから遠隔でプレゼン参加するメンバーも

どの作品も、テーマや着眼点の違いが面白く、マンガというメディアを使うことによって未来の1シーンを提案できる可能性を感じることができました。私たちの生活に結びつけやすいAIによる監視社会ものや微生物をゲーム化するバイオ系からの提案、口内の味覚や食感を伝達するデバイスそのものを発明し物語のキーアイテムにするなど、さまざまな切り口で未来を描き出しています。

参加者にはプロ作家も多く、作品の表に出てこない設定や脚本が充実しており、しっかり練り込まれたキャラ設定集や、過去のネームなども見ることができます。作品解説の際に研究者から膨大な補足が入るチームや、何万件ものLINEをやり取りし何度も集まったチームもあり、それぞれのチームが濃密な3週間を過ごしてきた様子が見て取れました。

出来上がった作品だけではなく、マンガができるまでのフローから見ることができたのは、参加者はもちろん、審査員サイドも発見が大きかったそうです。

熱のこもったプレゼンを受けたあと、審査員は別室で審議に入ります。審査員からは各作品に対するコメントはもちろん、全体に対して「漫画家と研究者がひとつの作品づくりに対して対話を行っていくことで、マンガの骨子となるストーリーの幅が広がっていく様子が面白い。また、仕事や学校など、それぞれの生活と並列しながら3週間でマンガとして練り上げてきたことに、チームならではの力を感じる」と声が上がりました。

1時間弱の審議を終え、いよいよ結果発表へ。晴れて大賞を受賞したのは、マザコン少年が彼女と過ごす時間を、味覚デバイスを通して描き出すラブコメ『Her Tastes』を手がけたチーム・MMH_F。制作期間は連日やり取りをし、ネームは4回も書き直したそうで、チーム一丸となって制作を進めてきた姿が印象的でした。

触覚VRの研究者や、アフリカのオタク文化に詳しい研究者、マザコンのメンバーに、普段からマザコンが気になっていて独自リサーチをしていたメンバーなど、メンバーが普段手掛ける領域をふんだんに取り込みつつ、オーラルシェアデバイス『カミカミ』といった新しいデバイスの発明なども盛り込まれています。それぞれの興味や専門領域をふんだんに発揮し、多くの要素が詰め込まれているにも関わらず、ラブストーリーとしてまとまっているストーリーづくりが魅力的でした。

大賞受賞のチーム・MMH_F

大賞作品「Her Tastes」はこちらから閲覧可能となっています。

「Her Tastes」MMH_F|コミチ

大賞に選ばれた作品には、ハッカソンにおいて制作した短編マンガのプロトタイプの完成について、HITE-Mediaによる製作支援・発表支援の副賞がついてきます。完成版は近日中に本サイトの特設ページにて公開予定となっているので、お楽しみに。

ゲスト審査員の太田垣康男先生は、「さらに時間をかけて完成されたバージョンも見たくなる作品。『Her Tastes』はVRデバイスがカップルの物語を展開する鍵となっていましたが、カップルだけでなく世間一般でどう活用されているのかなども盛り込まれると、よりその技術のリアリティが増しそうですね」とコメント。

「チーム内でどんなコミュニケーションを取ってきたかが作品やプレゼンを通して伝わってきました。大賞受賞の『Her Tastes』は、テクノロジーやAI社会のシステムから語るのではなく、人々の感情をベースに物語を組み立てた点を高く評価します。それに、この短い期間内でネームを4回叩いているのは圧巻です」と話したのは漫画家の小沢高広(うめ)先生。

マンガをハッカソンでつくる。その可能性について、山内康裕さんと小沢高広先生で話した記事がコミックナタリーにて公開中なので、こちらもぜひご一読を。

「東アジア文化都市2019豊島」特集 山内康裕ディレクター×小沢高広(うめ)対談

制作だけに専念できる環境ではない中で、それぞれコミュニケーショントラブルや難関な調整・判断もあったそうです。それでもこのハッカソンを通じて、こんな未来があり得るかもしれない、という可能性をそれぞれ模索し、アウトプットした経験と成果はきっと、また新しい想像の礎になるはずです。

「学術、産業、クリエイティブの垣根を越えて、未来につながる思想を生む。一人ひとりが未来を思い描けるようなイマジネーションを拡張するメディアを発信する。」

HITE-Mediaでは、このミッションを体現する活動の一環で、未来を描き、対話を生み出すためのメディアとしてマンガを取り入れるという試みを行っています。今回のマンガミライハッカソンは、その狙いの手応えを感じることができるイベントになったのではないでしょうか。未来をサバイブするためのイマジネーションのタネは、私たちの頭の中にもうすでにあるのかもしれません。

 

 

〈Text〉八木あゆみ 〈Photo〉Asato Sakamoto

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