なぜいま「異世界転生」がブームなのか?
現代の死生観と身近な「異世界」の関係とは

SF社会考察

2021.11.14

最近の日本のマンガ市場で圧倒的に存在感を高めているのが「異世界転生・転移」だ。これまでも登場人物が異世界に転生・転移する作品のブームはあったものの、今回の人気の広がりの勢いは著しい。2020年には全作品異世界転生ものが掲載されている電子雑誌『週刊異世界マガジン 水曜日のシリウス』(講談社)が創刊されたほどだ。なぜ「異世界」が必要だったのか? マンガナイトのbookishが解説する。

異世界転生・転移」とは、登場人物が事故など何らかのきっかけを経てその登場人物が生まれ育った世界とは違う次元の世界に行くことで物語が始まる作品だ。一度死んで生まれ変わる「転生」だけでなく、死なずにそのままの知識を持って「転移」するケースもある。転生・転移先の世界はヨーロッパの中世風であることが多い。
過去の多くの作品では、登場人物たちは異世界に行くことで多くの苦労を乗り越えるような物語が中心だった。しかし、最近の作品の登場人物たちはこの異世界生活を何らかのかたちで楽しんでいることも多く、そもそも異世界に転生していることを最初から認識していることも少なくない。背景には現代社会の行き詰まりがある。

「Isekai」というジャンルが定着

なお、このブームの人気は日本に留まらず、『転生したらスライムだった件』などのアニメの配信などを通じて人気は海外市場に拡大している。英語圏で「転生」とは「reincarnation」の単語があてられることもあるが、ジャンルとしては日本語そのままの「Isekai」で通用する。Urban Dictionaryによると「Isekai」は動詞として使われることもあり「Isekaied」は「トラックに轢かれて異世界に転生するという行為。アニメでよくあるアクション」と定義されている。

『転生したらスライムだった件』
川上泰樹・伏瀬/講談社

そんな「異世界転生・転移」ブームだが、きっかけとなったのは小説投稿サイト「小説家になろう」での連載小説だとされている。作家で文芸評論家の大橋崇行は、「「小説家になろう」へウェブ小説の主流が移っていく中で、イチゼロ年代(2010年代)には『ソードアート・オンライン』が絶対的な人気を誇り、その主人公キリトのような、いわゆる「俺TUEEEE(つええ)」的な主人公が書かれるようになった」と指摘している(出典:「『異世界転生』小説、実はトレンドがめちゃめちゃ変化していた…!」現代ビジネス)。この「俺TUEEEE」的なキャラクターを描く舞台として「異世界」が選ばれたようだ。

ソードアートオンライン
『ソードアート・オンライン1 アインクラッド』
著者:川原礫、イラスト:abec/電撃文庫

最近は作品数の増加を受けて、内容も多種多様になってきた。主人公が異世界で、転生したときの「特典」で苦労せずに力を手に入れたりするなど、圧倒的強さを誇る作品もあれば、新たな人生を生きるもの、救世主としての力を持っていてもほとんど使わず隠遁生活を送るものもある。

転生・転移する人も様々だ。転生・転移する主人公は生まれ育った世界で冴えなかった人だけではない。奥嶋ひろまさ先生の『異世界ヤンキー八王子』(双葉社)では工業高校の生徒が地震によって学校ごと異世界に飛ばされる。さらに飛ばされた先の世界の住民に救世主として「誤解」され、工業高校の設備や知識を使ってモンスターと退治していくものだ。馬場康誌先生の『ライドンキング』(講談社)は、「最強大統領」とされるプルジア共和国の終身大統領アレクサンドル・プルチノフが異世界に行くことになる。馬場先生のように、過去にヒット作を持つ中堅作家が異世界転生・転移を題材に新作を描くようになったことも作品数の増加と人気拡大を後押ししているようだ。

『異世界ヤンキー八王子』
奥嶋ひろまさ/双葉社
ライドンキング
『ライドンキング』
馬場康誌/講談社

「異世界転生」の系譜

異世界転生・転移作品が人気になったのはこれが初めてではない。1970年代には楳図かずおの『漂流教室』が人気を集め、手塚治虫の『火の鳥』シリーズでも過去や未来に飛ぶエピソードが多数ある。異世界ではないが、1976年からいまも連載が続く細川智栄子あんど芙〜みんの『王家の紋章』は、20世紀に生まれた少女が古代エジプトに転移し、そこで生き抜いていこうとする物語だ。

『漂流教室』
楳図かずお/小学館
『王家の紋章』
細川智栄子あんど芙〜みん/秋田書店

さらに1990年代は一種の異世界ブームといえる時期があった。転生作品としては日渡 早紀の『ぼくの地球を守って』(白泉社)、異世界転移ものとしてはひかわきょうこの『彼方から』(白泉社)や渡瀬悠宇の『ふしぎ遊戯』(小学館)などだろうか。

ぼくの地球を守って
『ぼくの地球を守って』
日渡 早紀/白泉社
彼方から
『彼方から』
ひかわきょうこ/白泉社
ふしぎ遊戯
『ふしぎ遊戯』
渡瀬悠宇/小学館

小説では小野不由美の『十二国記シリーズ』がある。歴史上のある時代に現代人が飛ばされる作品としては、古代ヒッタイト帝国に少女がタイムスリップする篠原千絵の『天は赤い河のほとり』(小学館)、半村良先生の小説『戦国自衛隊』(KADOKAWA)などが人気を集めた。

天は赤い河のほとり
『天は赤い河のほとり』
篠原千絵/小学館
戦国自衛隊
『戦国自衛隊』
半村良/KADOKAWA

このときのブームは時代背景と切り離せない。1990年代は1973年に出版された『ノストラダムスの大予言』(五島勉著/祥伝社)が人気を集め、環境問題への関心の高まりや世紀末などが相まって、ノストラダムスブームが起きた。予言の中には「1999年7の月に恐怖の大王が来るだろう」という一文があり、国立国会図書館が1999年に開いた常設展「終末をむかえてー出版にみるノストラダムスブーム」によると、この時期10代の若者の多くは、本当に1999年に地球が滅亡するのではないかと考えていたという。

『ノストラダムスの大予言』
五島勉/祥伝社

また1990年代は、湾岸戦争やソビエト連邦の崩壊による冷戦の終結という国際的な大事件に加え、国内ではオウム真理教事件、阪神淡路大震災が起き、人々の価値観が大いに揺らいだ時代でもある。インドやパキスタンで核実験が成功し、米国や旧ソ連の保有する核とあわせて、第三次世界大戦の勃発とそれによる世界の滅亡を懸念する声も少なくなかった。「終末ブーム」「オカルトブーム」とも重なり、週刊少年マガジンで連載されていた『MMR』や超古代文明が人気を集めたのもこの時期だ。「地球滅亡」の考えは当時の死生観にも影響し、現実社会から離れ異世界に逃避したいという思いを強めたとみられる。

『MMRマガジンミステリー調査班』
石垣ゆうき/講談社

ただ、逃避した先の異世界でも楽な生活ではなかった。『僕の地球を守って』では、転生する前の人間関係が現世の登場人物たちの関係性にも大きな影響を与え、それがドラマの渦をつくっていくし、『十二国記』のように、異邦人であることが迫害の対象になることもある。もちろんその中で登場人物が苦難を乗り越えて成長する物語に私たちは熱狂したのだ。

同時に異世界に転移した人々は、現代に戻るかどうかという選択肢の前に悩むこととなる。現代には親兄弟や友達など残してきた人がいるからだ。異世界にとどまることで彼らと永遠に別れるのか、それとも異世界で仲を深めた人々と残りの人生をともにするのか。登場人物は読者とともに大きな別離の物語に直面することになった。そのため、タイムトラベル同様、異世界に積極的に関わるのか、または距離を置くのかという悩みを抱えるキャラクターも少なくなかった。

アドバンテージありきで始まる「異世界」

しかし、現在の異世界ものはかつてのような悩みとは無縁の作品が依然として多い。その理由として、現在の異世界ものブームの背景の要素のひとつには、現実社会で異世界転生・転移先で可能な「ゼロからの立ち上げ」が難しくなったという事情があるのではないだろうか。インターネットで繋がった世界では「誰かがどこかで何かをやっている」状態がすぐダイレクトに伝わりやすい。ある場所で新しいことを始めようとしても、遠く離れたどこかですでに始まっていることがわかってしまうこともざらにあるだろう。こうした現実を踏まえると、マンガというフィクションの中でも「ゼロからの立ち上げ」を描きにくくなっているのだ。その点、異世界に行ってしまえば現代社会の知識や知恵、仕組みを活用した事業や企画の立ち上げは容易だ。転生特典としてアドバンテージを得てヒーローに簡単になれることも少なくない。

もうひとつは異世界の日常化という側面だ。昨今の多くの異世界ものは大橋崇行が指摘するようにロールプレイングゲーム(RPG)的な世界をベースとしている。これは過去に比べてRPG的な世界がゲームなどを通じて浸透し、異世界がより自分にとって身近な世界として受け止められるようになっているためだ。マンガに現代的なリアリティが求められるようになった結果、かえって現実社会を舞台にした作品では突拍子もない設定を展開しにくくなっているという事情もある。異世界は一見、突拍子もない設定や展開をしやすい舞台装置でもあるのだ。異世界であれば現実社会のつらい側面を描く必要もなく、読者への負担を減らすことも可能になる。

もちろん連載中の作品の終わり方がどうなるかまだわからないが、今の登場人物らは満足できなかった現代社会の人生をやり直すことを含め、異世界生活を前向きに捉えて満喫していることが多い。「あらゆる物語を描ける場所」としての異世界の人気は続きそうだ。

(文:bookish/マンガナイト)

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