「未来初心者」がSFを共作するために:
架空座談「コレクティブ・フィクションの現場から」①

プロジェクト

2021.06.04

未来の社会を構想するためには、個人の物語をつむぎあわせ、まだどこにもない物語=フィクションを構想する必要がある……。2019年に開催されたマンガミライハッカソンで、大賞・太田垣康男賞を受賞したチームが、現在制作中のSFマンガにおける制作の裏側を明かす座談会「コレクティブ・フィクションの現場から」。

第1回は、漫画家・サイエンスライター・編集者・VR研究者・アフリカ研究者の5人の出会いから、受賞作となった「Her Tastes」のアイデアが生まれた裏側を架空座談連載として再構成してお届けします。

MANGA MIRAI HACKATHON

コレクティブに未来をつくってみた|架空座談会の前に

SFプロトタイピングと呼ばれる、SF的なストーリーをつくり未来像を考える手法がブームになりつつあります。また、様々な企業が未来予想を打ち出し、「20XX年」の社会を予測する本の出版も増えています。実際、会社や学校などで「未来を考えろ」と言われて右往左往している人も多いのではないでしょうか。

しかし、他の人が考えたことのないような未来を、どのように考えればよいのでしょうか? ありきたりな未来像しか描けない方や、手がかりがなくて困っている「未来初心者」の方も多いと思います。

本連載では、漫画家・サイエンスライター・編集者・VR研究者・アフリカ研究者の5人がタッグを組み2050年の未来をマンガで描き出す過程で生まれた膨大な会話を再構成。未来像の作り方を追体験できる「架空座談会」をお送りします。制作したマンガは「Her Tastes」として2020年に公開し、現在続編を作成中です。

この5人がチームで未来を考えることになったきっかけは、「マンガミライハッカソン」というイベントで出会ったこと。じつは我々自身も未来をどう考えていくか、最初は手探りでしたが、やっていくうちに徐々に方法論が確立していきました。

そのなかで、自分たちの活動を「コレクティブ・フィクション(Collective Fiction)」と名づけ、外部に発信していけないかと考えました。メンバーそれぞれが独立性と専門性を尊重しながら制作を行ない、そのプロセスを公開することで、協働によるマンガ制作を目指します。さらに、そこから生まれるSF作品が、これまでにない未来をつくるための足がかりとなることを意図しています。

もちろんマンガのなかで描かれる未来は、あくまでひとつの可能性にしか過ぎません。しかし、そこに至るまでの過程は、様々な人の参考になるはずです。読者も自分で未来像を考えられるように、我々がどのように未来像を考えたかの過程や、そのなかで気付いたコツも一緒に振り返っていきます。

第1回では、そもそもどうやって物語を考えてゆくのか、未来像作成の手前にある、全体的な物語作成の流れを描き出してみます。わたしたちの体験が、読者が未来を考えるきっかけになることを願っています。

「架空座談会」の5人のメンバーたち

宮本道人(上段・左)
科学文化作家、応用文学者。1989年、東京都生まれ。SFプロトタイピングの研究・実践に従事。チームのSFご意見番。最新刊は『SFプロトタイピング: SFからイノベーションを生み出す新戦略』。

竹ノ内ひとみ(上段・中央)
マンガ家。1982年、東京都生まれ。下町や小料理屋をテーマにエッセイマンガを発表。SFはほとんど読んでこなかったので、知識をスポンジのように吸収中。

矢代真也(上段・右)
編集者。1990年、京都出身。マンガとテック系雑誌の編集に携わる。子どものころからガジェットが好きだったが、ド文系な進路を経て、いまに至る。

森尾貴広(下段・左)
研究者。1965年、米子市生まれ。アフリカのオタクがどう現地のマンガ・アニメビジネスに関わっているかを研究中。バイオを出発点に、創作論、建築にも明るいチームの知の巨人。

安藤英由樹(下段・右)
研究者。1974年、岐阜県出身。バーチャルリアリティの分野において、無意識に着目したインタフェースの研究に従事。なんでも分解するので親にドライバーを隠されるような幼少期だった。

未来を考えるための「雑談」|パーソナリティーから考える

宮本:このメンバーでSFマンガを書くことにはなりましたが。

竹ノ内:何から始めればいいのやら……。全然わかんないですね(笑)

安藤:みんなの思う「未来予想」とかを語ってもらうとかでしょう?

矢代:いきなりハードルが高いですね(笑)

竹ノ内:ていうか、未来予想ってなんですか?

森尾現在の地続きとしての未来を科学的な視点から予想することですよ。

竹ノ内:…むむ難しそう。私は全然科学の知識がないんですよ。SFっていうジャンルは小説だけでなくマンガやアニメにもあるので、読んだことはあるんですが…。

矢代:宮本さんの好きなSF作品ってなんですか?

宮本:僕は『アタック・オブ・ザ・キラートマト』が好きですね。トマトが人類を襲ってくるトンデモ映画です。未来予想とぜんぜん関係ないんですが、ある意味「想定外の事態」に「想定外の方法」で対処する作品で、自分の思考の枠を解放するのにとても良いんです。マンガだと『からくりサーカス』が好きですね。これも未来予想ではないですが、時間と技術について考えさせられる作品でした。

竹ノ内:あ! 『からくりサーカス』は私も読んだことあります!

矢代:森尾先生と安藤先生はなんですか?

森尾:歳がばれちゃいますが(笑)、中学の時に『キャプテン・フューチャー』がTVアニメでやっていて、それがきっかけで、エドモンド・ハミルトンの作品を読みまくっていました。マンガだと矢寺圭太さんの『ぽんこつポン子』。近未来の物語世界と現代からそこにいたる歴史がしれっと書かれているところが良いです。

安藤:『ヨコハマ買い出し紀行』かな? なんか、かっこいい「ミライ」というよりはもう人類は穏やかにシュリンクしていくような世界、人類の斜陽を描いている作品なんですよ。でも悲壮感はない。こういうのもありなんだと思って衝撃だった記憶があります。

竹ノ内:みなさん色々ですね! 面白い。ちなみにわたしは映画は『ラ・ジュテ』とか萩尾望都さんのマンガは大好きです。矢代さんは?

矢代:小学生のころ『マトリックス』に衝撃を受けたのが、人格形成に影響している気がしています。「いま生きている世界が現実ではない」という世界観が、衝撃と謎の救いをくれた記憶があります。あと、マンガだとゴキブリと戦うことでおなじみの『テラフォーマーズ』ですかね……。600年後が舞台なんですが、現代の世界が抱える社会問題が、むちゃくちゃ分かりやすいバトルに昇華されているのがすごいなと思いました。

みんながみているSFのお話を聞いていて、みんながどんな感じのものが好きなのかわかってきた気がします。次に、それぞれが書きたいもの・つくりたいものを話してもらうのはどうでしょう? 宮本さんは何が書きたいですか?

宮本:竹ノ内さんが料理のコミックエッセイを書いているということで、自分の知らない世界なので、料理ネタは書いてみたいですね。

竹ノ内:私としては、逆に料理のことはこれまで描いてきたので、違うものを描いてみたいです。

安藤:お互い、新しいものにチャレンジしたいということですね。

矢代:森尾さんの料理の話も聞いてみたいです。アフリカの食事って、結構独特ですよね。

森尾:そうでもないこともあるんですよ。タコやツナはアフリカでは食べられていないのですが、日本では食べるので、アフリカでも獲るようになったという話があります。

竹ノ内:どうして日本で食べるとアフリカでもとるようになるんですか??

森尾:たとえばモロッコやモーリタニア、あるいは地中海沿いの北アフリカの国々では、タコやツナはもともとそんなに食べる習慣がなかったのですが、輸入するために日本の商社が現地の人にタコの獲り方とかツナ缶の加工のやりかたを教えたところ、現地でも食べるようになったと言う話があります。

宮本:じゃあ、輸入されるタコ視点のマンガはどうでしょう?

竹ノ内:え! タコ視点!?!? タコ視点ってどういう事ですか?

宮本:SFでは、結構人間ではないものの思考や目線が描かれる作品があるんですよ。たとえばゲームの『Detroit: Become Human』は、ロボットの主観から世界を体験させることで社会の問題を描き出した傑作でした。異なる生命の主観を経由することで、人間という存在が相対化されるんですね。

動物の目線だったり、何かしらの概念の目線だったり、そういう人類の意識タイプでないものの意識の在り方を描こうとする挑戦もあります。そういうマジメなものでなくても、最近は『自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う』とか、カジュアルに変なものに転生するウェブ小説は増えてますね(笑)

安藤:手塚治虫の『火の鳥』なんかだとロボット以外にも昆虫とか、謎の生物とかいろいろありますね、たいてい擬人化したものが多いですけど……。

矢代:なるほど。

竹ノ内:うーん……。それでも私は主人公はにしたほうがいいとは思います。

森尾:どうして?

竹ノ内:人以外の何かの気持ちを考える事は、難しいからです。そのようなマンガがないわけではないのですが……。マンガの特徴のひとつとして「キャラクター性」というものがあります。キャラクターの感情をより共感性高く読者に伝えられられることができるんです。

矢代:竹ノ内さんは未来に生きるキャラクターを描きたくて、やるための環境としては人間を主人公にしたほうがやりやすいということですね。

竹ノ内魅力的なキャラクターを描くことはマンガを描くことの醍醐味でもあるので。

〈コレクティブ・フィクションの掟 ①〉雑談でお互いを知る
「未来を考えるために、なぜ雑談?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。ただ、未来の生活を発想するためには、紋切り型ではない個人それぞれがもつ知見が不可欠です。われわれの経験では、自分では当たり前だと思っている習慣・経験・知識が、他人にとっては斬新なアイデアになることも少なくはありませんでした。

マンガミライハッカソンでのチームの議論の様子。

「現地でしか味わえない」が解決できたら?|社会課題から考える

宮本:森尾さんや安藤さんの研究からも、アイデアをふくらませていきたいですよね。例えば、先ほどから森尾さんがアフリカの話をしていらっしゃいますし、アフリカを舞台にするとか。

竹ノ内:マンガ的にアフリカが舞台だと描きにくいかもです……。絵にしないといけないんで。アフリカだと圧倒的にビジュアル資料が少ない。私が行ったことがないということもあり、アウトプットが難しいかもです。

宮本:ということはアフリカでも、なにかの形で日本と組み合わさればいいわけですね……。

安藤:アフリカ人と日本人の国際結婚の子供で、自分のルーツを辿ろうとする主人公とかはどうですか? 遺伝子検査で祖先の特徴とルーツを知るサービスなんかも最近はすでにありますし。

森尾:そうですね。アフリカ系の人口はこれからどんどん増えていきますよ。今世紀末には世界中の就労者の4人に1人くらいがアフリカ出身者になると言われています。日本にもアフリカ系の方が増えてくるはずです。たとえば葛飾区にはエチオピア人コミュニティがありますし、地方都市にもセネガル人、ナイジェリア人、カメルーン人などアフリカ出身者コミュニティが出来ています。

あと、最近ザンビア、ケニア、タンザニアとかで日本の中古車販売ビジネスが拡大していて、日本人とアフリカ出身者のビジネスパートナーシップも増えていますね。そういえば、初瀬礼さんが、東京五輪後の新宿を舞台に、日本人とタンザニア人を両親に持つ少女が主人公の1人の『呪術』というサスペンスを書かれています。

宮本:アフリカ人と日本人のダブル主人公で、交流するって話もいいかもしれませんね。

竹ノ内:いいですね! 私は欧州の映画が好きでよく観るのですが、そのなかで度々、移民問題を目にしてきました。日本でも2019年に入管法改正が施行され、もう「映画の中の出来事」ではなくなった。これからちゃんと考えていかなくてはいけないと思っていたところです。

矢代:社会課題っぽいものからアイデアを練るのはよさそうですね。

宮本:なにか身近な話で、実は当事者の小さな困りごとになってる、みたいなところからネタを集めたいです。

森尾:そうですね……。アフリカにも日本のアニメが好きなオタクが当然いるんですが、彼らはアニメで日本のご飯の映像が出ると、それが何か分からなくて混乱する、という話があります。

竹ノ内:あ! そっか!

森尾:味も分からないし、料理名を書いても意味がないし、字幕でいろいろ説明がされたりするんですが……。小さな困りごとですね。

宮本:そういう問題を解決する方法があったら面白そうですね。アフリカにいても、浅草で食べ歩きできる味覚伝送ロボットとか。

矢代:味覚伝送ロボット!!

安藤:味覚を人工的に体験するVR装置自体は、すでにある程度開発されているので、もう一歩先をいくものを考えたいですね。

竹ノ内:え! すでにあるんですか!?

安藤:昔は角型の電池だと舐めると残量がわかったりしました。電気が通っていると、味が変わるんですよね。その原理を利用して舌に電流を流して味覚を発生させたり、味を変化させたりする研究が結構進んでいます。うちのラボでもやってました。あと、歯ごたえとかを人工的に作る研究も、昔からありますね。

宮本:だったら、味だけでなく、何をどう食べてるか、口の中の環境をリモートでリアルタイム共有する装置、みたいなものならどうでしょう?

安藤:たしかに、それはまだできていませんね。香りや食感を記録して再現するところまで技術が進むには、まだまだかかるんじゃないかなぁ。

森尾:最初医療用で開発され、それが民間にシェアされて行くみたいな流れもありえますよね。

矢代:だんだん、テーマが固まってきましたね。

〈コレクティブ・フィクションの掟 ②〉未来は誰かの悩みから生まれる
SDGsが重要視される今、未来を考える理由のひとつとして、「社会課題の解決」がスタート地点になることもあるでしょう。ただし、現在見えている大きなニーズから未来を考えると、どうしてもテーマがありがちなものになってしまいます。お互いの会話の中から、身近で小さな社会課題を拾い上げることで、新しいアプローチにつながることもあります。

安藤が研究していた、味覚を電気的に伝える技術に関するスライド。
味覚を電機刺激によってコントロールできることが示されている。講演はこちらから。

共感と違和感のバランス|キャラクターを考える

竹ノ内:世界観や設定から物語を考えるのもいいですが、キャラクターからも物語を考えてみませんか?

矢代:たしかに、設定から詰めてしまうと、意外なものは生まれないかもしれません。

宮本:キャラクターに魅力がなくて、単にストーリーを動かす駒になってしまっている作品は多いですからね。

森尾:じゃあ、いったんこれまで考えていたものをすべて忘れて、キャラクターを考える、みたいなことをしてみますか?

安藤:そもそも、竹ノ内さんはどのようなキャラクターを描きたいですか?

竹ノ内:……そう言われても。私はエッセイコミックを書いていたので、キャラクターは自分と身近な人を参考にすることが多かったです。

矢代:ゼロからキャラクターを考えるのは難しいですよね。メンバーや周囲の人から聞いた話を参考にするのが良いと思います。現在ここにいる人たちだと「編集者」「研究者」「科学者」「作家」などのキャラクターはつくれますよね。

宮本:「科学者」や「研究者」はSFの王道キャラクターですね。

矢代:あと「学生」「大学院生」、竹ノ内さんは「美大生」とか。先生たちは「大学教授」も。僕と宮本さんは「独身の30歳男」で森尾先生と安藤先生はえっと……。

森尾:結婚してますよ。子供もふたりいます。あと猫4匹も。

安藤:僕も結婚してて中3の息子と小3の娘(2019年当時)がいますよ。

矢代:ということは、「父」もありますね。

竹ノ内:ちょっと思ったんですが……。マザコンなんてどうですか?

宮本:マザコン!?

竹ノ内:男の人はみんなマザコンっていうじゃないですか。私以外みんな男だし。

矢代:僕は結構マザコンの自覚がありましたね。

宮本:え! それ言っていいんですか。

矢代:自分の呪いを自覚するために、あえて言っていくスタンスです。

竹ノ内:マザコンってすごい嫌われるんですよ、女の子から。

安藤:そうでしょうねぇ。妻に料理の味つけのこととか文句言うとね……。

竹ノ内:でも、「お母さん思い」って言い換えると好感度が高いわけじゃないですか。マザコンと、それのどこが違うんだろうって思ってて。マザコンはネガティブなイメージで描かれることがほとんどですけど、肯定してもいいんじゃないかなって思ってました。

宮本:マザコン……。面白いですね。SFにはあんまりない設定というか。

森尾:単なるマザコンって以上のキャラクターって、どうつくっていけばいいんでしょうか?

竹ノ内:みなさんのマザコンエピソードありますか?

安藤:逆に竹ノ内さんは、どういう時にこいつマザコンだなって思うの?

竹ノ内:……お母さんに買ってきてもらっているものを使っているとかですかね。ベッドカバーとか。

矢代:ベッドカバー(笑)。ぼくは大学に入って一人暮らしをするとき、気づいたら母が部屋のものを全部揃えていたことがありました。あと、中高生のころ親が買ってきた五本指ソックスは、いまも履くのが習慣になってますね。

宮本:ああ。五本指ソックス、わかります。うちもマザコン要素あると思うんですが、やはり五本指ソックスを勧められました。いまこの瞬間も親が買ってくれた五本指ソックスを履いてますよ(笑)

竹ノ内:マザコンは五本指ソックスを履くという知見を得ました(笑)

森尾:それって、どれも現代の話ですが、未来のマザコンってどうなってるんですかね?

宮本息子が母親と口の中を共有していたら面白いですよね。

竹ノ内:え!?!?!?

安藤:けっきょくそこに戻ってくるんですね(笑)

竹ノ内:母親と口内を共有するマザコンの男の子って、やばすぎませんか!?

宮本:SFでは、共感しきれないキャラクターが大事になることはわりとある気がします。むしろ未来の人の価値観が、いまの人とどう変わっているか、というのが大きな注目ポイントになるので。

森尾:マンガや映画化されてヒットした高見広春さんの「バトル・ロワイヤル」での価値観というか世界観も、共感と拒絶感ギリギリのところを攻めていましたね。

矢代:SFとしての新しさとマンガとしてのおもしろさを両立するには、共感と違和感のバランスが重要そうですね。

〈コレクティブ・フィクションの掟 ③〉キャラクターは身近な人からつくる
マンガや作品をつくるなかでは、素直に自分をオープンにすることは大事な前提条件です。自分では当たり前にしていること、感じていること、誰かから言われたこと、言ったことなどは他人とは違うもの。自分をさらけ出すのは案外難しいものですが、他人の自分とすり合わせることで、想像もしなかった「人間像」が生まれることもあるんです。

完成した「Her Tastes」で母親に味を転送するマザコン、ゆうくん。
マザコンとしての気持ち悪さと、草食系男子としての共感が同居している。

気軽に味覚が転送できたら……|ガジェットを考える

宮本:SFに話を戻すと、味覚や食感の遠隔共有装置というガジェットで、1本書けそうな気がしてきました。でも、単にVRというだけだと、埋もれちゃいますよね。

矢代:星新一さんのショートショートで、味を放送する装置が出てくる「味ラジオ」という作品がありますよね。ドラえもんにも確かそんなネタがあったはずです。

森尾:たしかにネタ的には、そこまで意外と言えないかもですね。

宮本:意外な場所での意外な使われ方を考えてあげれば、ガジェットも生きてくるはずです。例えば、映画の『アバター』は、謎の惑星で先住民と交流するのにVR装置を使うという設定がありました。これによって、VRという使い古された題材を映像面でもストーリー面でも新鮮に感じさせることに成功し、映画が大ヒットしたわけです。

安藤:描く世界における、そのガジェットやインターフェースの影響は考えた方がいいですね。

竹ノ内:そもそもどのくらい未来なんですかね? 5年後? 100年後?

宮本:それなりの未来を舞台にして、この装置をみんな気軽に使うようになっている時代を描きたいですね。もちろん普及過程を描くのも面白いと思うんですが、それには少し尺が必要で、短篇でそれを描くのは難しいかなと。

竹ノ内:それなり……。

宮本:あまりに具体的に年を決めると、発想がいまある技術の進化に制限されてしまいます。一旦、面白いアイデアを膨らませて、あとから年代を決めたほうがいいかなと。その後、現代とその時代をつなぐ年表をつくれば、SFとしての強度も高まるはずです。

矢代:ちなみに、いまの味覚共有装置ってどういう形ですか?

安藤スプーン型とかが主流ですね。

宮本:それなら、マウスピースで送信して、ガムで受信、みたいな感じにしたいですね。小さい装置なので、口内共有が他人にバレずにできるんです。

竹ノ内:えっと……。ちょっとついていけなくなってるので、詳しくお願いします!

矢代:たとえばいま、「Zenly」という位置情報共有アプリがあるんですけど、そういうことですかね……。認証している友達や恋人がどこにいるかわかり、把握できるアプリです。そういった、密な関係性のなかでの共有が、味覚でも行われる時代という感じですかね。

宮本:そういうことです。技術が進めば、口の中の情報を遠隔で同期することも可能になるはずなんですよ。

竹ノ内:はあああああ。

森尾:この時代、口内共有は気軽に行えるのに、まだ恥ずかしいという認識がある人もいるってことなのでしょうか?

宮本誰と共有するかによって、捉え方は変わるでしょうね。恋人同士は普通に使っているが、全く面識のない他人の口の中を知るのは、ちょっと変態感や背徳感がある、みたいな。

竹ノ内:全く面識のない人の口の中シェアしたいですか? 怖くないですか……?

安藤:すごいグルメの人とかだったら、してみたいかもなぁ。どういう味覚でどのように味わっているのか気になります。

宮本:あとアイドルの食生活や口の中を知りたい、みたいな人はいると思います。

竹ノ内:あ〜……。

矢代:現代でも咀嚼音系のASMRが流行っていますね。TVでは芸能人が食べ歩くグルメ番組はずっと人気ですし、漫画でもグルメものは鉄板、一定数売れる安定のジャンルです。そういうものの延長を考えるのはアリかもしれませんね。

竹ノ内:そうしたらやっぱり、マザコンの男の子とその彼女の2人の話になるのかなぁ。

矢代:「ラブコメ」ですね。マンガの王道とSFを組み合わせて、新しいものをつくれるといいかもしれません。ガジェットが決まると、物語を考えるスタート地点がはっきりしていくる気がしますね。

味覚転送システムカミカミ
誰もが使える味覚転送システムとして、「Her Tastes」内で登場するカミカミ。

〈コレクティブ・フィクションの掟 ④〉「誰でもほしいもの」はおもしろくない
「誰でもほしいもの」は、誰かがすでに思いついている確率が高いもの。ビジネスでいう「レッドオーシャン」です。「誰かはほしいと思っているが、誰かはいらないと思うもの」を想像したほうが、まだ誰も考えていないガジェットを考えることができます。みんなでガジェットを考えるときは、全員が共感できないようなものを会話のなかから見つけることがスタート地点になることもあります。

気持ち悪いと心に残る|出来事から考える

安藤:なんかもっと、ガジェットが劇的に使われるストーリーはどうですかね?

竹ノ内:SFだと、どうやって起承転結がつくられていることが多いですか?

宮本:SFでは、未来にしか起こり得ないトラブルを解決する、みたいな発想が多い気がします。

竹ノ内:未来にしかない問題ってなんだろう?

宮本:たとえば…この技術がもたらしそうなトラブルって何ですかね?

矢代:デバイスをハックされたら、急に苦手なものの味を送信されるかもしれません……。あと、他人に好きな味を無理やり共有する「味ハラスメント」もありえるかも。

森尾:手だけを写してもらうモデルを、手のタレントという意味で「手タレ」と言いますが、このガジェットがある世界では、「手タレ」ならぬ「舌タレ」が出てくるかもしれません。そこでは、プライバシーの問題も生まれてくるような気がします。

宮本:アイドルをめぐる問題は、この時代も残っていると思うんですよね。五感ごとに担当が違うVTuberアイドル、とかもいるかもですね!! マザコンの男の子が、舌タレの女の子の口内配信にハマりすぎてご飯を食べなくなってしまった、というストーリーはどうですか?

矢代:そのストーリーを採用するかどうかはともかく、いい意味ですごく気持ち悪い世界観ですね! 若い人のなかではLINEをつなぎっぱなしにしてるカップルもいると聞きます。この口内共有装置も、つなぎっぱの人もいれば、束縛感をおぼえる人もいて、そこからトラブルが起こるんじゃないですか?

安藤:世代が変わると、データ共有に対して違う感覚をもっていそうですしね。

宮本:なるほど! 母親と口内共有を繋ぎっぱにしてる男の子を、その彼女が発見してしまう、って話がいいかも!

森尾:バレちゃうんですね。浮気を疑うけど、実は母親だった、みたいな。

竹ノ内:でも「母親とラインをずっと繋がってる男の子」って現代でも女性からしたらかなりのドン引きポイントですよね。好きになるのは難しい。ここの嫌悪感は多分未来でも変わらない気がします。

安藤:未来では味覚共有が自然なことなのかもしれません。子どものアレルギー対策のために、味覚をモニタリングするという需要もありえそうです。

竹ノ内:だとすると、反抗期や何やらで遅かれ早かれ親と口を共有するのはやめていくのに、主人公はまだその名残で、母親と口の中を共有している、とかなんかだと、いいかもしれません。

宮本:それですね!

矢代:これでメインの見せ場が決まりましたね! でも、見せ場がこれってだけだと、ラストのインパクト足りないかもです。

竹ノ内:マンガなので、感情の変化が絵で分かるほうがいいんですよね。うーん……。

矢代例えば、キスを入れるとか……。

一同:!!!!!

宮本:それはすごい。

森尾:彼女と母親が間接的にキスしてしまうことになりますね……。

矢代:いや、そういうつもりで言ったわけでは……。

竹ノ内:面白いですが、さすがに気持ち悪すぎませんか……(笑)?

宮本:明らかに気持ち悪いのですが、SFでは、最後に強烈な違和感が残ったり、腑に落ちないものが心のなかに残ったほうがいいかもとも思います。

竹ノ内:なるほど。キスシーンって王道なんで、気持ち悪いという印象以上の、何かしら違う意味を表現できれば、いい見せ場になるかもしれません。

矢代:でも、違和感を残したうえで、ハッピーエンドにしたほうが、読者としては嬉しいですが、どうなんでしょう? バッドエンドもありなんでしょうか? 個人的には、読者が読んだあと、元気になってほしいという気持ちはあります。

宮本:バッドエンドにしたいというわけではなく、読者が自分では理解しきれないものだからこそ、誰かと議論したくなる、というのがSFのあり方としては多いんです。ただ、その結果、暗い話が多くなってしまっている印象もあります。だから、ぜひ竹ノ内さんの力を借りて、議論したくなるところは残しながらも、読者が喜ぶラストを考えてみたいです。

竹ノ内:私も結構ハッピーエンドが好きなんですよね。でもたとえば高校野球もので「甲子園で優勝しない」というハッピーエンドもいいなって思います。キャラクターを動かしながら、みなさんと相談しながら考えていけたらなって思います。

〈コレクティブ・フィクションの掟 ⑤〉心に残る違和感から物語が生まれる
未来を知りたいとか、SFを読みたいという読者は、自分の頭でその世界について考えたいという欲求を持っていることが多いはず。楽しい気分になりたいとか、人間の感情に思いをめぐらせたいというだけなら、ほかのフィクションで十分だからです。未来予測のなかで、考える材料になる違和感をつくっておくことはとても重要。ただ、一人で違和感を作り込みすぎると、今度は誰からも嫌がられる作品になってしまうこともあります。周囲の人の意見を聞きながら、違和感と共感のバランスを取るのが吉。

完成した「Her Tastes」では、主人公の口内配信が原因で物語が大きく動くことに。
完成した「Her Tastes」では、主人公の口内配信が原因で物語が大きく動くことに。

マザコンはいかに成長するのか?|主人公の変化を考える

森尾:次はどうしますか?

竹ノ内:私はキャラクターを掘り下げたいです。

宮本:そうですね。ここまでは主にキャラクターの「設定」を考えてきましたが、ここからはもっと主人公の目線を考えて、棒人間的ではない、みずから動き回るイキイキとした存在にしていけたらいいですね。

矢代:マンガ編集は「主人公はどうしたいのか?」と、よく漫画家に聞きます。マンガは主人公の感情の変化がストーリーの主軸になるんです。と同時にそれは主人公の個性を強く反映します。

竹ノ内主人公が何かをしたいという目標を最初に提示して、それが達成できるという流れが、マンガ的にストーリーをわかりやすくするんです。

矢代:一番わかりやすいのは、『ONE PIECE』かもしれません。これはルフィーが海賊王になる物語なんだな…と第1話を読めば、すぐにわかる。行き先がわかっているクルマに乗っているのと同じで、大きな枠組みを物語の早めに提示するのは、大事なことだと思います。

竹ノ内:たとえば主人公がマザコンなら、「その主人公はいまマザコンの呪いから逃れたいと思っているのか」みたいなことですね。マザコンに自覚的か無自覚かで、ストーリーに変化が出てきます。

宮本:昔お世話になったSFの先輩から、クライマックスで主人公の心情の変化と、ガジェットや世界に関する秘密が解き明かされる変化が同時に訪れるのがいいSFだと言われたことがあります。今回はマザコンについて、もう少し掘り下げるってことが大事になってくるのかもしれません。

森尾:同じマザコンでも、楠桂さんの『八神くんの家庭の事情』の主人公は、母親が自分と同年代に見えてしまい、異性として意識するという描写でマザコンキャラを立てていました。

安藤:じゃあ、やっぱり矢代さんからエピソードを聞くしかないんじゃないですかねぇ。

矢代:また僕ですか!? みなさんはないんですか? 大なり小なりあると思いますよ!

竹ノ内:マザコンとカテゴリーされているものでなくてもいいんです、この人にとってはマザコンだけど、この人にとってはちがう。物事のそういうグラデーションをすくい取っていけるのもマンガのいいところだと思います!

安藤:私は電子工作や機械加工が好きで、自分の手で何かを作りそれを大事にすることをよしとしていますが、手芸が得意だった母の影響は強く受けていますね。幼稚園のころは、母親の手作り人形がないと安心して寝られなかった記憶がありますね。

森尾:あんまり意識していなかったのですが、いまから思うとファッションセンスや食べ物の好みって母にかなり影響されています。そういうのって亡くなってから気付くんでしょうね

竹ノ内:どんなにおいしいハンバーグを食べてもお母さんのハンバーグが一番好きです。あとお母さんのクリームシチューも定期的に食べたくなります。お母さんが昔着ていたお下がりの服をよく着てます。私もファッションは、かなり母の影響を受けてますね。

宮本:僕はいまだに両親と同居しているので、現実的なレベルでは、メンバーのなかだと一番マザコン・ファザコンです(笑)。というか、コロナ禍で家族みんなほぼ在宅状態になり、毎日一緒にご飯を食べ、一緒にドラマを見て、一緒にゲームをしていて、マザコン・ファザコン度が爆上がりしてますね。自分がそこから抜けられなくなることが怖いなぁと思いつつ、なんとなく幸せな日々を過ごしてます(笑)

矢代:ぼくは大学時代は黒い服を着れませんでしたね。小さいころから、風水?か何かで母親に黒い服を着ることを禁じられていた名残ですね。

安藤:こうやって、それぞれが自分の体験や人生を語りながら、キャラクターや物語ができていく過程は新鮮ですね。

矢代:マンガ家と編集者は、ある種こういう密なプロセスを2人でやって作品をつくることが多いんです。

森尾:今回のプロジェクトでは、それをわれわれ全員でやることに意味があるのかもしれませんね。

竹ノ内:そういう試みを、コレクティブ・フィクションと名づけてもいいのかも。

宮本:いまその名前で検索しましたが、誰もまだつかってない言葉みたいです!

竹ノ内:検索早いなー。

矢代:コレクティブ・フィクションを通じて、それぞれの人生を混ぜて未来をつくっていく。そんな作品がつくれれば、新しい未来を考える手法と呼べるかもですね。

〈コレクティブ・フィクションの掟 ⑥〉そこに人間がいることを忘れるな
出来事や社会の変化を描くだけでは、未来予想は無味乾燥なものになってしまい、誰からも共感を得られません。また、テクノロジーのみ先行した未来予想は、気づいたらディストピアを生んでいることも。みんなの人生を織り込み、そこに生きるキャラクターの心情の変化を想像すれば、そこにはいまを生きる人とつながった「新しい未来」が生まれてくるはずです。

議論をうけて、竹ノ内が「Her Tastes」制作時につくったキャラクター表。
マンガには描かれていないディティールも。

5人のメンバーによって、作品をつくる「コレクティブ・フィクション」の裏側では、こんなプロセスが起きています。メンバーそれぞれのことを理解しながら個々人の背景を掘り下げる、そしてフラットに意見を出しあうことで、未来予想のなかで生きる人々、彼・彼女たちが生活する世界をもっと豊かに想像できるはずです。

企業が架空の個人をターゲットを想定して行なうペルソナマーケティングや、未来を考えるSFプロトタイピングがブームになるなかで、こういったプロセスはより重要性を増すのではないかという仮説のもと、日々議論を重ねながら、マンガ制作を進めています。

次回は「未来を絵で描くために(仮)」と題して、マンガならではの「ネーム」という下書きをつかった議論などをお届けします。

〈Writing〉宮本道人/竹ノ内ひとみ/矢代真也/森尾貴広安藤英由樹
〈Illustration&Comic〉竹ノ内ひとみ
〈Original Text〉宮本道人

↑戻る