未来をアップデートするフィクションの科学史

HITE研究者

2019.09.18

世にある数々のSF作品において、科学技術はどのように描写されてきたのでしょうか。SFの調査を手がかりに、科学技術と社会の関係を探るプロジェクト、「想像力のアップデート:人工知能のデザインフィクション」を指導した大澤博隆助教。科学者や人文学者、SF作家などの異分野らで始動したプロジェクトの意図と展望を伺いました。

大澤博隆
筑波大学システム情報系助教。HITE採択プロジェクト「想像力のアップデート:人工知能のデザインフィクション」代表。研究分野はヒューマンエージェントインタラクション、知能ロボティクスなど。

ー プロジェクトの概要について教えてください。

 このプロジェクトでは、研究者であるか否かを問わず、「すべての人の想像力をアップデートすること」をテーマとしています。具体的には、過去のSF作品の中でも特にAIやロボット全般に関わる物語がどのように描かれてきたかを広くサーベイすることから始めています。また、その調査から見出された知見を発想の糸口として、新たな未来ビジョンを世に発信できればと考えています。

ー なぜSF作品に着目されたのでしょうか。

 フィクションで描かれた想像力と、昨今めまぐるしく進展するテクノロジーの実情とを密に結びつけることで、新たな発見につながると思っています。例えば『鉄腕アトム』(初出1952)は、ロボットやAIのイメージを一般の人に伝えた最初期の作品のひとつとしてよく議論に上ります。しかし鉄腕アトムの貢献は大きいものですが、鉄腕アトムで描かれたビジョンが果たして現代のAI開発の目指す目標として掲げるのが最適かどうかは、疑問が残ります。ですから、SF作品に描かれた未来像をそのまま受け取るのではなく、過去作品の描かれた背景、固有のイメージやその影響を改めて洗い直し、現代に適用可能な問題意識・本質的要素を検証したいと考えています。
 ほかにも、アメリカの生化学者であり作家のアイザック・アシモフによるSF小説に登場する「ロボット三原則(*註)」(初出『われはロボット』1963)は、小説だけでなく後世に多大な影響を与えた原則で、一部のロボット工学者から「遵守すべきセオリー」に挙げられることすらあります。けれどアシモフの作品のストーリーをよく読むと、実際はロボット三原則によってトラブルが防げているわけではなく、むしろ三原則が引き起こすトラブルが、議題の中心となる話もあります。
 もともとアシモフは論理や合理性に規範を置いた作家で、超自然的なものも基本的に人間に解明されうるものとして扱っています。ロボット三原則も、それ自体が有効な原則というより、非常にシンプルなルールで説明可能な状況を設定しておくことが重要であり、ロボットのような未知の技術においても、人間が予測可能な状態をつくることに意義がある、と読み解けます。
 特に20世紀初頭のSFでは、ロボットが一種の制御不可能なモンスターとして扱われてきました。被造物がいずれ反乱を起こすストーリーは、人が根源的に持つ恐怖心として根強いように思いますが、それに対しアシモフは、人工物は設計可能な存在であり、特定のルールで記載できるということを改めて提言しました。
明確なルールで記載できるからといって、トラブルを未然に防げるわけではないかもしれませんが、トラブルの原因を説明することはできます。その説明可能性こそが、ロボット三原則の本当の価値ではないかと思います。だからこそエンジニアを含めた人々にも理解がしやすく、現代のAI倫理の議論などでも、引用される価値を持っているのだと思います。

ー 物語を通して、技術が社会に普及したときに生じうる様々な社会課題や倫理に気がつくチャンスがあるんですね。

 その観点で言えば、我々はもう少しSFを広くとらえるべきだと考えています。必ずしも技術的に正確な描写ではなくても、思考実験の題材として十分想像力を刺激するかたちのものを検討することは有用だと思います。たとえばチェコの作家カレル・チャペックの『山椒魚戦争』(初出1935)という作品では、非常に賢い山椒魚が発見されたので、みんなで奴隷のようにして広めていくのですが、最終的には山椒魚が人間の個体数を超えて武装化し、戦争に関わり始めるまでが描かれています。チャペックは人工的労働者としてのロボットという用語を『R.U.R.』で提示したことで有名ですが、異種の知能が入った社会のシミュレーションという意味では、山椒魚戦争は重要です。実際に山椒魚が人間ほど知的になることはないと思いますが、そうした異種の知能が存在した時、社会の誰がそれに注目し、利益を得て、どのように広まっていくかという点については、今でも参考にできる点があると思います。

ー そうしたSF作品の調査は、今後どのようにアウトプットされる予定でしょうか。

 いずれは新たなSF作品の創作も並行して進めたいと思っています。今は勢いのあるSF作家も増えているので、プロジェクトで議論された知見とともに、彼らの力を借りながら、想像力の広がるストーリーを発信したいと考えています。ただし、研究者と作家が協働するからといって必ずしも技術の正確性を問うのではなく、技術の本質について何かヒントになるアイデアに重点を置くつもりです。たとえば、「これは到底実現できない」という技術のアイデアがあったとしても、その実現不可能性が新しいドラマを生み出せるのであれば、また異なる技術の解釈が発見できるかもしれません。
 また、制作物は海外も視野に入れていきたいですね。日本のSFの海外進出はまだまだ途上ですが、今動向を注目しているのは中国です。中国はAI開発に多額の投資をしていますが、同時にSF作家の海外マーケット進出も支援しています。中でも『紙の動物園』で知られる中国のSF作家ケン・リュウがアメリカで大ブレイクし、彼自身も中国の若手作家の作品をどんどん海外に紹介しています。『Nature』誌では2009年からSF小説を連載し、中国作家の作品も数多く紹介されていますが、いまだ日本人はゼロ。こうした部分にも挑戦していきたいですね。

ー 最後に、「想像力のアップデート」というプロジェクト名に込めた思いを教えてください。

 私自身はエンジニアですが、広義には文学もまたエンジニアリングの一つだと考えています。何かしらの目的に対して、「これはどうだろう?」とアイデアを提示し、そこから発生する物語やビジョン・解決策を出していく。このプロジェクトでも、社会に新たな解決策を提示していきたいんです。そのとき、未来はひとつではありませんし、私たち一人ひとりを含めた人類が選んでいくもの。そこで私たちができることは、あくまで人々が未来を考える能力としての「想像力」を鍛え、それを更新、アップデートしていくことだと思います。その一助となるプロジェクトに育っていくと嬉しいですね。

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