コラム② 安藤英由樹
味覚伝送システム
「カミカミ」
その背景と
実現可能性について

HITE-Mediaが共催した「マンガミライハッカソン」の大賞受賞作『Her Tastes』。
作品制作に携わった安藤英由樹は、VR分野において、主に人の「無意識」に着目したインターフェイスを探求する研究者。作品アイデアとなった「味覚伝送システム」における触覚VRの背景とは?

 そもそも、 このハッカソンに参加しようと思ったのは、私自身も「日本的Wellbeingを促進する情報技術のためのガイドラインの策定と普及」プロジェクトの研究代表者として、新たな情報技術が将来の我々の生活にどう影響を及ぼしてしまうのかを考えてきたからだ。そして、そのイメ―ジを具現化するということに興味があった。私自身も電気の刺激によって味をコントロ―ルする研究を行っていたこともあり、SFとしてみたときの可能性を検討すべく議論に加わった。その中で、人と人の間の食感コミュニケ—ションが個人や社会にどう影響を与えるか皆で議論して考えることはとても面白かった。 

 実現可能性についてちょっと考察してみよう。味覚は単に舌の上で起こる化学反応だけではなく、歯ごたえや香り、もちろん見た目も重要であり、それこそ五感をフル活用しないと本当の味なんてわからない。よくよく考えれば、安全に食べられるなんて人類誕生から考えたら、つい最近のことだ。そういう意味では、容易い技術ではないかもしれないが、現在の基礎研究として味覚の要素となるそれぞれのモダリティについては研究が進められてきた。

 例えば、感覚統合錯覚の研究で著名なチャールズ・スペンス教授は咀嚼音をマイクで拾って、高周波を増強したフィ—ドバックして間かせるだけで、湿気ったポテチをパリパリで美味しく感じさせる錯覚を発見しイグノーベル賞を受賞したり※1、嚙みごたえについては2003年に現VR学会長の岩田洋夫先生のグループが、噛みしめるときの反力をモータを動力としてフィードバックすることで、りんごを嚙み砕く感触や※2、柔らかチーズを嚙み切る感覚を再現しているし、香りについても、2016年にSONYが香りのWALKMANを出しているように、様々な香りをマイクロカプセルに封じ込める技術もどんどん進んでいる※3。

 また、味覚電気刺激のアイディアは古くからあり様々な研究者が取り組んでいて、我々のグル—プでも2014年に味に関わるイオンを電流の波形パターンの制御によって味を強くしたり弱くしたり制御する方法を確立してきた※4。さらに、IVRCというVRのコンテストでは2017年に慶應義塾大学のVRサークル「SVRC」が本当は食用コオロギを食べているんだけども、技術を使ってエビの容姿と香りを重畳することで、体験者がエビを食べているとしか思えない状況を実現している。

 要素は大体揃っているのであとは小型化さえ進めば、人工味覚の生成や味覚伝送システムができない理由なんてなくなると思う。人間の感覚操作の実現なんてそんなに難しくないんじゃないかな。

 ただ、面白いと私が思うことは、もし完成したとして、誰がどのように使い、誰が喜ぶのか?である。きっと今回のお話のように、ちょっと歪んだ利用方法や、それこそ〇〇詐欺に使われてしまうかもしれない。でも、やっぱりそういった想像は実物が完成してしまう前に徹底的にやっておいたほうがいい。いいところもわるいところもひっくるめて受け入れるか、拒絶するかよく考えることが大切だし、みんなで共有することができたら大きな問題は起こらないかもしれない。そういった方向に科学や技術の本質を伝えていきたい。

<参考文献>
1. チャールズ・スペンス『「おいしさ」の錯覚最新科学でわかった、美味の真実』角川書店(2018)
2. H. Iwata, H. Yano, T. Uemura, T. Moriya, Food simulator, SIGGRAPH2003, Emerging Techinologies (2003)
3. 藤田修二・井上幸人・高木和貴・山岸和子『30 種類の香料の即時切替およびブレンド提示可能な微小バルブ制御VR用嗅覚ディスプレイ』情報処理学会エンタテインメントコンピューティングシンポジウム2019, pp.326-328 (2019)
4. 青山一真・宮本靖久・古川正紘・前田太郎・安藤英由樹『電気刺激による塩味および旨味を呈する塩類の味覚抑制』日本バーチャルリアリティ学会論文誌 Vol.20, No.3  (2015)
5. 『虫物の多い料理店』https://www.youtube.com/watch?v=xq5G8uinF_4 (2020/3/29)

プロフィール
安藤英由樹|Hideyuki Ando
1974年、岐阜県出身。大阪大学大学院情報科学研究科 准教授、大阪芸術大学アートサイエンス学科 客員教授、専門はバーチャルリアリティの分野において、無意識に着目したインタフェースの研究に従事。

↑戻る